2013-01-01から1年間の記事一覧
フェルディナント・ポルシェ 彼を「二〇世紀最高の自動車設計者」 そう呼んで 顕彰するのなら ミハイル・カラシニコフ は 「二〇世紀最高の銃器設計者」だった フォルクス・ワーゲンとならぶ 工業製品の大傑作 AK-47 カラシニコフ突撃銃 ヒトラー そして スタ…
老生は この世を「救いがたい穢土」と夙に認定し 濁世から逃れるべく 「初老」四〇より遁世した ひとりの隠遁者にすぎない が 世捨てびと同然のぼくから見ても 3.11以降の日本は ひどい ひどすぎる 「フクシマ」をはじめとする あらゆる国内問題を隠蔽せん…
過日 よく晴れた秋のある日 京都の古書肆から 柳宗悦 畢生の大著『木喰上人作木彫佛』届く ヘルムート・ニュートンの巨大写真集『SUMO』ほどではないが 縦51Cm 横37Cm 厚さ6Cm 文字通りの「大冊」 大正一四年 一九二五年刊 ときに われらが師は 三五歳 …
「赤軍派」 公然たる東京登場を見たのは 一九六九年九月五日 日比谷野外音楽堂での 全国全共闘結成集会 だった 角材ではなく 先を割った 竹槍 投擲用に 石ではなく コーラ瓶を手にした 百人ほどの部隊は 生理的な「悪寒」を覚えるほど 衝撃的だった 『蜂起貫…
本と学校 装置/組織としての学校 制度 と 道具としての教科書および書籍 は 明治以来 従順な奴隷=隷属する良民を養成すべく いわば国家に平伏す 「公民的知性」を強制的に 育成涵養 し 奴隷精神を賦与する二大潮流//培養システムだった 。。。 その 国家管…
秋寂び 古書肆から 開高健『声の狩人』届く 1962年11月20日 第1刷発行 刊行後 五〇年を超えた岩波新書 「表2」つまり表紙裏 扉寄りに 《 池内和子 様 伊丹一三 健 》 (縦に)姓を略し親しみを込めた青ペン献呈署名がある 池内岳彦/義弘が 川喜多…
ゆみずくも きりあめかせん うみひょうざん しっかいりんね ふらくたる ※ 二一世紀の名号として ※ ☆ 上村忠男 訳 マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』 読み始める 副題は 「〈オーストリアの終焉〉前後のウィーン展望 」 《 『論考』の最初の命題…
「おれはひとりの修羅なのだ」 九〇年まえ 昂然と言い放った宮澤賢治は 二〇代なかば 二十六歳 か 遅くも二十八歳 その器宇と魂魄に おもわず快哉を覚ゆ 。。。 やや老いた ひとりの沙門として 二〇世紀を襲う 二一世紀前半を ぼくは ひたひたと 生きている …
温泉浴から帰って 夕餉の前 暮れなずむ寝台に横たわり 『証言 連合赤軍 / 連合赤軍事件の全体像を残す会 編』 読み始める * 「彼は誰/カハタレ」と「誰そ彼/タソカレ」は払暁 夕闇など 人の顔すら見極めにくい刻をさす 現代的な理解によりタソカレは夕方 カ…
無条件降伏による敗戦を 終戦と言い換えるように 6年8ヶ月にわたり 軍事占領されていた事実を 隠蔽 自己欺瞞的に健忘する 日本政府 財閥企業 新聞社 多くの出版社 日本人 老人 中高年 その子 孫である 青年 若者 こどもたち 怯懦で狡猾 臆病卑劣な ニッポ…
『ヨーロッパ退屈日記』が 中村書店版『大地の商人』や私家版『武満徹 ←1930………∞』などと並んで 貧寒な書架の一角にある もちろん著者は 伊丹一三 1965年 3月 20日発行の初版 細い明朝体ロゴのような 律儀な楷書で 「池 田 潔 様 伊 丹 一 三」 健康さを…
《 諸君のうち神秘的な素質のもっとも少ない人でも、今はもう、まったく特殊な性質の意識状態 としての神秘的瞬間の存在することを、そしてそういう瞬間がそれを体験する人々に深い印象を 残すことを、納得されるに違いない。カナダの精神病医R・M・バック博…
中村元『東洋人の思惟方法:第一部 インド人・シナ人の思惟方法』 ある種 鬱勃たるパトスを秘めた 力業的 精密なロゴスの発露 そうクリシェしたくなる 重く精悍な文章のリズムにも慣れ 二八九頁にわたった前半部「インド人の思惟方法」を了えた この読解ミッ…
山口富士夫が死んだ 冨士夫ちゃん が 殺されたも同然に 横死した 。。。 先月下旬 古本屋系ブログを巡回していて 『赤ドリルの夢は夜ひらく』で 一週間いじょう遅れて そのことを 知った。 《 もうひとつの死。奇しくも藤圭子と同様に「暗い青春」を送ったで…
八月になって 風の通る部屋で 腹ばいになって チャールズ・J・シールズ『人生なんて、そんなものさ / カート・ヴォネガットの生涯』 緩慢に 怠惰に 悪い夢でも見るように読むのが この夏 生まれた ひとつの習慣/habit ぼくにとって カート・ヴォネガット・ジュ…
無条件降伏という 文句なしの土下座敗戦 総力戦における全面敗北を タメ口のような/笑。 終戦と言い換える 軍事占領された 国家主権なき 時代と焦土に生まれた 一二〇〇万人もの※ オキュパイドチルドレン 占領下に誕生した 多くのおおくの ホントに多数の子…
『大戦間期の宮中と政治家』黒沢文貴 著者の責ではないが 索漠暗澹と 読み終わる 《 長州閥の実力者である田中義一陸軍大将が、政友会総裁に就任した大正末期は、治安維持法とセ ットとはいえ普通選挙法が成立し、また政権交代のルールとして「憲政の常道」…
私見では この世こそ が 地獄である。 この世とは 現世 穢土 濁世 現実とも 社会とも 世界とも呼ばれる 「ここ」 あなたが立っている ぼくも立っている 生きて 呻吟している この「苦界」である そして これから語るのは 不埒にも 麻薬の現代性/モデルニテ とそ…
痛いほどの 灼熱さなか Gilbert & George 『SIDE BY SIDE』2012年版 M・C・ダーシー著 井筒俊彦・三邊文子訳『愛のロゴスとパトス』上智大学1957年 刊 同時にとどく 『愛のロゴスとパトス』は この夏から配本が始まる 慶応義塾大学出版局の『井筒俊彦全集』に…
『ル・モンド・ディプロマティーク』 日本語・電子版に 最近 想像力を刺激する 興味ぶかい記事があった アラン・ヴィッキー / 上原秀一 訳 『アフリカのSFに未来が読み取れる』と題された それは こんな導入部を持つ 優れた記事だった 《 マスコミのレーダーが…
ここ三週間ほど 横張 誠さんの『ボードレール語録』 鈴村 和成さんの『書簡で読む アフリカのランボー』を 読んでいる 読みおえた本は 香川 檀さんの『想起のかたち:記憶アートの歴史意識』。 読み続けている 他の本は 黒沢 文貴さん『大戦間期の宮中と政治…
さる睦月 極私的覚え書きとして《またまた「デクロワッサンス」論 》に 小声で誓言した 《「暮しをちいさく」の旨趣により 二〇一三年から 新刊の 国内出版図書を 購入しない。 ( 画廊 美術館図録 大学出版 非商業出版 私家版は その限りにあらず ) もちろん公共図…
いまはフィンランドに滞在する津村 喬さんから 鹿島立ちとほぼ同時に届いた 薄い 私家版冊子『混元太極三字経』は こんな言葉から成っている 《 太極の理は万物の理であって、万物が生きるのはみなその理に従 う。太極を組み立てた時その理に基づいたし、太…
その時 ぼくはまだ十三歳だった 識字もはやく 精神的に夙成だったから そんな気がするけど 十五歳になっていたかも知れない 毎号読んでいた岩波書店の『図書』に 著者も 内容も 文脈もまったく憶えていないが 引用されていた文言の大意 「いちばん良いのは …
二〇世紀における それまでの日本思想の 反省と改善 高みと深まり 子どもとおとな ひとと他の生きもの あるいは 鉱物のような無生物と神秘 それぞれの両面 死者と生者 双方の力を表象し 代表する 宮澤賢治 ジャン・ジュネが 聖ジュネであるように 宮澤賢治は …
払暁 遠くユーラシアから飛来した 郭公が啼く 冥き世も 鳥啼魚の目は泪 クラキヨモ トリナキウヲノメハナミダ 寂然たる五月の風光に おもうことあり ふりつむ俗塵を 温泉浴/コズミックサーフィンにて はらい しずかに 閑かに 密やかに さらに深く 隠棲しよう 地底放浪…
旧いCOD /コンサイスオックスフォードディクショナリーの定義によれば Masturbation は SELF-POLLUTION とある セルフ・ポリューションとは自らを汚すことであり おそらく その邦訳として 明治期に「自瀆」は造語された 類語としては「瀆職」のほか 『溝瀆に縊る/コウトクニクビル』があ…
完璧な文章は存在しなくても 完璧な飼育は存在する 奴隷に 奴隷と気づかせず 玩具を与え 考えさせず ひたすら 新聞 TV あるいは 週刊誌 で 日本は良い国 立派な国 日本人は優秀だ 世界一だと のべつ幕なし 朝から晩まで護摩を焚いて 護摩の灰 胡麻の蝿でしか…
フランス文化省は同国の潜水チームがサン・テグジュペリの乗機を仏南部マルセイユ沖地中海の海底で発見。墜落地点を特定したと発表した。高速でほぼ垂直に「墜落」した模様で、機体には大きな損傷や敵の攻撃を示す弾痕もなくプロペラ部にも異常は認められな…
少女の母親が落札して いま一五歳のデリラが使っている 写真家 Mapplethorpe 旧蔵 ジオ・ポンティ が製作した writing bureauについて ペダンティックかつ閑雅に述べるつもりだった が ダガダガダガガガガ 今朝方 脳内を訪れた 狂おしく猛烈な夢は 典雅とか …