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「世界のナイセストピープル ホンダに乗る」 飛べ  HONDA JET

オハイオ州デイトンの自転車屋 ライト兄弟による初飛行から 111年 。。。

浜松のポンポン屋に始まったHONDA  ホンダジェットの量産仕様

      まもなく ラインオフするという 。。。

   工場には現在 9機が 完成を待っている

これは 紛れもない偉業 日本工業史上の 大偉業というだけではなく 

   後発の 

いわば零から始めた単一企業が 機体とエンジン両方を 開発するという

     コスト最優先の現代では考えられもしない

   世界航空史に燦然と輝く プロジェクトの完成であった

      こころから おめでとうを 云いたい   

HONDA JET は 1962年の市販レーサー Honda CR110 Cub Racing とともに

   ぼくの胸の中に 輝く いわば精神の勲章となるだろう

       私見では これをピークとして 日本本土は 永い衰退期に入るだろう

    本田技研工業の子会社である ホンダエアクラフトカンパニーは 米ノースカロライナ州グリーンズボロに置かれ

  H.A.C.には43カ国から招聘された社員が1000名に達している という。

1947年 発足当時の本田技術研究所には 宗一郎と 数名の同志しかいなかった

   これから ホンダは 海外で生き残っていくだろう 。。。。

                  ☆

キティホークと同じノースカロライナ州グリーンズボロで“ホンダジェット”は3日非公式な試験飛行に成功。

引きつづき ホンダ技研工業は 一社で開発した小型機の公式な試験飛行を「ライト兄弟が初飛行に成功して丁度一〇〇年の今日」 行う。

この6~8人乗り小型ビズジェットは1986年から開発していたプロトタイプMH02の完成型と見られ、プラット&ホイットニー・カナダ社製エンジンに代わってホンダ製HF-118エンジンが積まれている模様。

主翼上部に推力757の自社開発したターボファンエンジン二発をおく珍しい形で 最大速度775/h 航続距離2000

成功すれば純国産機として1962年初飛行のYS-11に次ぐ41年ぶり 戦後58年間で二機目の壮挙である上に ひとつの企業が一社で航空機を機体からエンジンまで開発 生産するのは 今では世界的にも極めて稀なことだ。

               ・

ライト兄弟による人類初の飛行から僅か8年後の1911年11月にはイタリアとオスマントルコ軍の戦争で飛行機による最初の爆撃が行われている・・・

NY JFK空港を飛び立ったコンコルド最終便がヒースロー空港に到着した。

人々が見守る中、国内の特別飛行を含め三機のBAコンコルド機が二分おきに次々と着陸・・・‘夢の超音速機編隊 ’最後の飛行・・・

香港撤収の時も痛感したが 幕を閉める時の英國の儀式性の見事さは流石である。

         

産業革命以来の 進歩発展が信じられ 未来が明るく見え 高度かつ牧歌的だった

「二十世紀型産業社会」の100年に渡るフライトが終わったのだろう。

            ・

1903年12月17日のライト兄弟による初飛行に始まった人類の航空史は 

2000年7月25日のコンコルド機墜落により、最初の世紀の幕を閉じた。

そして

2001年9月11日の眼の醒めるような出来事により

人類の航空史は新しい世紀を迎えた。

(わたくしの妄想では‥‥ノースカロライナ州キティホークを飛び立った飛行機械が

98年の些か永い不可視の飛行後 2001年9月11日ニューヨーク州マンハッタン島に着地/帰還したのだ・・・

 カエサルのものはカエサルに、アメリカのものはアメリカに返そう と・・・ )

☆ 「世界のナイセストピープル ホンダに乗る」1964年 50年前のカタログに使われたコピー。