「こちらは、北京放送・中国国際放送局です」
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《 われわれは、毛沢東語録を伝える北京放送を、
ウォーホルの描いた毛沢東の肖像*のようにポップなものとして聴いたのだった。… 》
少年期の習慣を振り返って
後日そう述べたのは 老成した未熟児
いや 滑空/トーソーする分裂症児/スキゾキッズ 浅田彰さんだが
確かに あの時代の 北京放送には
駐留米軍放送局 FENにはない
奇矯で風雅 怪物的に真摯なところがあった
1960年代 プロレタリア/无产阶级文化大革命とともに
パリ バークレー シカゴ ロンドン オハイオ サンフランシスコ ウッドストック
ペキン ベルリン ミラノ トウキョウ シャンハイ 、、、、
ヒッピー アナキスト コミューン主義者 サンディカリスト 新左翼 怒れる若者としての瘋癲暴徒
世界の大都市 学生街 労働者街 は
夢見がちで暴力的な
鬱勃たる変革へのパトスとロゴス「思春期」の真っ只中に 突入した 。。。
あれから 半世紀ちかく経った
世界は 人びとは あの疾風怒濤する時期に
正のエネルギー/Force を濫費浪費しすぎたのか
いま
世界は「負のエネルギー」に満ち
とりわけ
若者たち 子どもたち
植物 動物 鉱物 水 空気まで あらゆる生命体の 置かれた状況は
さらにさらに
あの頃とは比較にならないほど
悪くなっている
劣悪醜怪な 煉獄そのもの
たとえば この国は
“ 放射能にまみれた商業主義的パノプティコン国家 ”に 変容させられた
(あのアンジェラ・デイヴィスが
こんな本『監獄ビジネス / グローバリズムと産獄複合体』を書いているのに さっき気がついた 、、 読まねば! )
☆
反抗を予告し 象徴した ヌーヴェルバーグ
『勝手にしやがれ』を撮ったときは まだ二〇代
『中国女』ですら 三十七歳だった
ジャン=リュック・ゴダール J.L.G. も
すでに八十三歳になった
世界は ハムレットの台詞ではないが
「関節/タガが外れている」うえに
明らかに
しかも 急速に「反生命的」に
老化している
猛烈な 麻薬的商業主義による厚化粧で 若造りはしているが
世界の実相 実体 真の姿は 狂った瀕死の老人だ
若者たちよ 君たちの立っている 場所は
「死の病辱」重篤の病床だということを 忘れるな
Carpe diem , Memento mori
ある晴れた五月の日に
☆ 起床とともに ボブ・マーレーとウェイラーズのLP『Burnin'』や『Exodus』をターンテーブルに載せ
ウォーホルのシルクスクリーン *「緑色の顔をした毛沢東」の肖像に毎朝「おはよう」と声をかけていたのは
主席没後の 八〇年前後だっただろうか。 世界は相変わらず汚濁を窮めていたが 今よりはましな地獄ぶりだった / 笑。