神秘主義思想家としてのJean-Luc Godard
一年に一度はないほど ごく稀に ECMから出た〈世界初の完全サントラCD〉
ゴダールの『ヌーヴェル ヴァーグ』を掛ける日がある。
今日がそんな日だ。
私は盲人になって 映画を見ている自分を想像してみる・・・
犬が吠え・・・クルマの音が遠ざかり・・・
電話が鳴り ・・・会話が聞こえ 途絶え ・・
やがて 音楽が始まるだろう・・・
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老いてくると 映画とは【音】の事だと 気が付く。
睡りながらの映像【夢】は 音に刺激されて みえている。
私は・死者になって映画を観ている・自分・を想像している・・・
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テオ・アンゲロブロス
と
私の 最も大切な 監督たち・・・
バリバリのモダニストに思えた ゴダールが 何時から 神秘主義者に みえるようになったのだろう。
『カルメンという名の女』
『ゴダールのマリア』
辺りから だろうか・・・
いや そうではない。
映画その物がもともと内包していた“神秘”を ゴダールは暴いて見せたのだ。
あの呆気ない死に方によって 現実の安っぽさと共に。
薄い薄い フィルム一枚ほどの厚さしかない“神秘”を
光と共に曝して見せたのだ。
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最初から。
記憶は (ヒトの)外側にあるのか 内側にあるのか
引用とは 何か・・・
映像 に呼応する眼
懐かしそうに感応する 瞳とはなにか・・・
憧憬する眼球(S)の魔術。
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映画とはリールの回転に 端を発する マジックだ。
スープをかき回す 木製の匙が 金属のクランクやモーターに換わり
魔法使いのお婆さんが 監督という名で呼ばれるようになっただけだ。
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ゴダールの魔法を想う時 同じ‘スイス系’
写真家ロバート・フランクを想う。
或いは 思想家C.Gユンク を
建築家ル・コルビュジエを
彫刻家ジャコメッテイを
画家パウル・クレーを
・ を
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‘Nonsense!’と思いつつ 想い出す・・・ 2002/11/11