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雨降りだから 天皇の戦争責任でも 勉強しよう 。。。

松原知生『物数奇考:骨董と葛藤』才能ある若い勉強家の著作 

         久しぶりに読んだ 骨董関係書として かなり面白く読みおえ

   アンジェラ・デイヴィス 上杉忍訳『監獄ビジネス・グローバリズムと産獄複合体

        「黒豹党」的気合いを入れて 読み始める

     書かれるべくして書かれた 現代の名著 松尾尊兊『大正デモクラシー期の政治と社会

       瞋恚を秘めたエネルギーを得ながら 毅然 端然と完読 。。。

   若松英輔涙のしずくに洗われて咲きいづるもの

デヴィッド・コーエン 高砂美樹訳『フロイトの脱出』を読んでいる 。。。

  ところで ゾラではないが 

    ぼくにも 弾劾すべきことが 幾つかある

      その一つが 昭和天皇 の戦争責任

        主権在君 たったひとりの国家主権を持つ者であり

         日本帝國陸海軍を統帥する 大元帥陛下たる裕仁帝 

          そして

            無知で厚顔で無恥 ポピュリズムを自覚できない蒙昧な日本人

              TVに洗脳され 新聞にマインドコントロールされた大衆の多くは 

                 二十一世紀になっても

 ヒトラーや スターリン 

    あるいは よく知りもしない无产阶级文化大革命毛沢東の 無意味な悪口を言うが

       昭和天皇戦争責任について語る人は ごくごく少数派である

  その無責任体系こそ 無条件降伏から69年を経た 日本の腐敗混乱の源流だ

     昭和天皇が 責任を問われなかったのに 

        なぜ東電会長が責任を取るのか それが彼ら「財閥の論理」

 もちろん ブル新こと 戦前からの大新聞は 天皇に次いで《 悪い !!!》 

    責任を取らないという意味では 朝日も読売も毎日も 東条英機ら A級戦犯より悪質だ  

     おまけに 性懲りもなく 

       いまも「大本営発表」で 愚昧単純なファシズム好きの国民大衆を騙しつづけている 。。。。。

            「ニッポンは ひとつ」 これが歴然たる  fascio/ファッショでなくてなんだ / 笑。

                   ☆ ☆ ☆

                          

 精神が腐っていない人ならば 必読の『大正デモクラシー期の政治と社会』の第三部《政党政治の発展》最終章

        「 Ⅴ 敗戦前後の佐々木惣一 一一 近衛文麿との関係を中心に」から【極めて重要な部分】を引用しておきたい

 《 近衛は真珠湾の勝利にざわめく開戟の日、細川護貞に「僕は悲惨な敗北を実感する」と浮かぬ顔で語ったが(『細川日記』

  一九四一年一二月八日)、その近衛の周辺に、一九四四年半ばには反東条、早期和平の方向で岡田啓介米内光政

  重臣を筆頭とする海軍内グループ、陸軍の皇道派系、吉田茂ら外交官、鳩山一郎ら同交会議会人たちが結集しはじ

  めていた。マリアナ諸島占領を機に、同年七月一八日さしもの東条内閣は倒れ、小磯内閣が成立した。

   近衛はさらに一歩を進め、翌一九四五年二月一四日、天皇に対し直接に敗戦の必至であること、「共産革命」を防ぎ

  国体を維持するために、ただちに戦争を終結させるべきだと上奏した。じつはこのとき近衛はすでに国体維持のた

  めには天皇退位やむなしと考えていた。前年七月八日、東条退陣工作のさなか、近衛は明治天皇の末娘を妻とする東久邇宮

  稔彦王と会談し、東条内閣のあと、短期中間内閣を経て東久邇宮が首相となり、終戦を断行すること、講和の

  申し入れはイギリスに対しておこなうこと、そのとき天皇は退位し、皇太子即位にさいして摂政高松宮宣仁親王があたる

  ことを話合っていた。(『東久邇日記』徳間書店、一九六八年)。高松宮も早期和平論者で、近衛上奏が一年早ければよかっ

 

  たと、近衛の女婿で高松宮のための情報収集役をつとめていた細川護貞に語っており(『細川日記』昭和二〇年四月三日)、

  天皇とはしばしば激論を交す間柄であった。

   近衛上奏の直前の一月六日、近衛は細川に愈々の場合は捕虜となってでも「アメリカ大統領の所へ乗り込む積り」

  であり、「最悪の時は」は「単に御退位ばかりでなく、仁和寺或は大覚寺に御入り被遊、敗戦将兵の英霊を供養被遊る

  のも一法だと思っている。僕も勿論其時は御供する」と打ち明けている(同上、一月六日)。》 

                             〈 近衛の反東条・早期和平工作と佐々木 〉より

 松尾氏は この畢生の大著を結ぶにあたり 大尾に次の言葉を 置いている。 

            深く思いを噛みしめたい

  《 「国体を維持しながらデモクラシーは実現可能である」と主張する佐々木は、国体は変わってしまったが、デモクラシー

  が実現したことを歓迎した。他方「国体維持のためにはデモクラシーを受入れねばならぬ」と、国体維持を第一義とした

  近衛は、もし生きて巣鴨の獄中にあったとすれば、新憲法にどのような感想を抱いたか。また木戸と同様死刑を

  免れたとすれば、自らの戦争責任をよそに、皇位に固執しつづける天皇を眺めながら、どのような余生を送っ

  たことであろうか。》

 

              平岡公威に 読ませたかった 。。。。 

   あの偉大な作家 三島由紀夫は 戦争責任をとらず俗物として生き延びた 裕仁 そして戦後社会

         表層的な「ハンエイ」に酔い痴れる 隷属ニッポンを辱めるために 

                  諫死したのだ