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もうひとつの「Surréalisme /超現實主義」としての「MINGEI /民衆的工藝」運動

二〇世紀における それまでの日本思想の 反省と改善

                    高みと深まり 

                    子どもとおとな 

                    

                    ひとと他の生きもの

                       あるいは

                    鉱物のような無生物と神秘

            それぞれの両面 死者と生者 双方の力を表象し

                              代表する 宮澤賢治

 ジャン・ジュネが 聖ジュネであるように

 宮澤賢治は 聖なる遺賢 聖人 だった

その 聖/Saint 賢治とならぶ 二〇世紀の偉大な宗教思想家こそ

    柳宗悦 に他ならない

ぼくの理解では

  宮澤賢治柳宗悦 

  柳宗悦宮澤賢治  このふたりは

 結果的に 昭和佛教を 真に内面から 再生し 二〇世紀以降の「佛教の径」を敷設し直した 

       ほとけのみちをつくりなおした 現代無教会佛教 中興の祖

  このふたりと 鈴木大拙 中村元 が もし いなかったら 

 この国の仏教界は 単なる金儲けのための「葬式代行業」だけに堕していたことは 

    ほぼ間違いない

結果として 宮澤賢治は かなり理解されてきました

    しかし 

柳宗悦は まだまだ 皮相かつ浅薄にしか理解されず

    まるで

古い雑貨セレクトショップの大物経営者のごとく侏儒化されている / 笑。

    そんな

宗教改革者 柳宗悦に重ねて考えたい人物は 

ぼくの場合 

ウィリアム・モリスでも エリック・ギルでもない

   アンドレ・ブルトンこそ ぼくの深部で柳と直截に通底している人物だ

 《 人生への、人生のなかでもいちばん不確実な部分への、つまり、いうまでもなく現実的生活

  なるものへの信頼がこうじてゆくと、最後には、その信頼は失われてしまう。人間というこの

  決定的な夢想家は、日に日に自分への境遇への不満をつのらせ、これまでに使わざるをえなくな

  っていた品々を、なんとかひとわたり検討してみる。そういう品々は、無頓着さによって、そ

  れとも努力によって、いやほとんどいつもこの努力によって、人間の手にゆだねられてきたも

  のだ。というのは、、、、》  (巌谷國士 訳)

       そう書き出されたブルトンの『シュルレアリスム宣言』が一九二四年

 《 時充ちて、志を同じくする者集り、茲に「日本民藝美術館」の設立を計る。

   自然から産みなされた健康な素朴な活々した美を求めるなら、民藝 Folk Art の世界に来ねばならぬ。私達は

  長らく美の本流がそこを貫いてゐるのを見守つて来た。併し不思議にも此世界は餘りに日常の生活に交わる為、却

  って普通なもの貧しいものとして、顧みを受けないでゐる。誰も今日迄その美を歴史に刻もうとは試みない。私達

  は埋もれたそれ等のものに對する私達の盡きない情愛を記念する爲に茲に此美術館を建設する。

   必然蒐集せられる作は、主として工藝 Craft の領域に属する。それは親しく人の手によって作られ、實生活の

  用具となったものを指すのである。わけても民衆に用ゐられた日常の雑具である。それ故恐らく誰の目にも触觸れ

  てゐる品々である。》

  

      このように起筆された『日本民藝美術館設立趣意書』は一九二六年

   ふたつの視覚的・精神的な運動は まったく同時期に

   視覚と意識を変える「革命」として 生命観と労働観 精神をも改変する「運動」として

   始まっている 。。。。

A. ブルトンを鼻祖 総帥とする「シュルレアリスム」と その運動体は 

極東の島嶼国でも 一定の支持と理解を得ているようだから 

ここでは あまり触れない

むしろ 

もともと日本語で書かれたテクストでありながら

「今 見ヨ イツ見ルモ」「文エガケ 文ナキマデニ」「文アリテ文ナキ 之ナン文」「文ナキ 文ゾ 文ナル」

「知ラバ見エジ 見ズバ知ラジ」「見テ 知リソ 知リテ ナ見ソ」

   など  

『物偈』や『心偈』の 短い言葉は そうたやすい解釈をゆるさない 

表面的な意味はだれでも それなりに 取れるだろう

   だが 

 こころの 奥ふかく 肯ける ような

 精神の内部にある小膝を ポンと打つような 理会には

 それなりの資質と鍛錬 直観を要する

 一葉の古皿 無名の工人が作った一個の膳 何人の手を渡ったかしれない一枚の襤褸布 古い硯 

 石工や大工 あるいは農漁民 商人により使い古された道具

  それらは 結局のところ

     「物メヅ 佛メヅ」  

 の 透徹した心境に 帰着する 

シュルレアリスムの実験と作品は 当時こそ 新鮮な衝撃性を 

感覚すぐれた ひとびとに 与えたが

一世紀を待たずして 

変わった絵画 奇妙な美術という墓標とともに埋葬され

超現實主義としてのイメージは

使い古されたギャグのように「消費」されてしまっている

シュルレアリスムに限らず 絵画を表面的に見ることは 

深読みと淺読みくらいの わずかな「差」はあるだろうが さほど 難しいことではない

だからこそ 大衆化したのだ 

 無知蒙昧 愚劣愚鈍で貪欲な「消費する大衆」に 追いつかれたものは その段階ですでに終わる

グルメグルマン クラシック音楽 現代美術 自動車レース ロック サッカー ブランド・ファッション 。。。

それらは 

       猛烈なカネ臭い腐臭を放っている  

  現代の大衆はカネと有名人の匂いをもっとも好きな香りとしている

             本当に見るとは

             本物の視覚とは

マナコ は 

  

  眼球は 外部の光を受光するだけの 窓 ではない 

  眼からも 光線が 発せられ 眠っているものたちを 起こすのだ

眼からのヒカリ と 思念想念 には ほんとうは「質量」がある 

ただ 

その測定方法が まだ見つからない それだけの はなし

超現實主義は 視覚と意識の変容を扱い 

新たな視覚と神秘精神を 獲得した

そして

民藝運動は シュルレアリスムよりさらに奥ふかく

物体を物体として(超)現実的に見ながら 

さらにその向こうにある浄土を 

ここに身を置きつつも「透視的に神秘を実見」する精神のムーブメントだった

そしてまた

現實に帰着する それが 「無事の美」だ

いずれにせよ

   今では見る影もないシュルレアリスムより 進んだ段階 

            まで

       柳宗悦民藝運動は達していた 

 ◎ 補記   シュルレアリスム運動と民藝運動の見えない絆ともいえる共通点は 

 たとえば

 それぞれに傑出した理論的指導者がいて これまた並外れた水準の藝術家および工藝家が運動に加わり

 運動とともに藝術家としても成長していったこと

 他に アフリカンアートへの偏愛がある。柳の書いた文章にはアフリカ美術への直接的な言及は見あたらないが

 日本民藝館の三代目館長であり 宗悦の長男でもある柳宗理は館長室にマリの葬儀用仮面を飾るほどだったし

 濱田庄司河井寛次郎 芹澤銈介らの まるで魂と文様 形態のルーツなのかと思わせる愛好ぶりはいうまでもないだろう

 もちろん ブルトンの熱狂ぶりはフォンテーヌ通り42番地のアパルトマンの室内写真を見るだけで一目瞭然だろう

    これが何を意味するのか 

 単なる造形上の趣味嗜好でないことは明らかかだ ここでは 呪術的なる「モノ」への回帰があったとだけ言おう

 

 (ついでに記しておくと ぼくの場合 アフリカンアートや李朝器物への愛好もあるが もっとも魔術的な霊力を直に感じ

  ある「力」に開眼したのは 

  古代エジプトの黒花崗岩によるホルス神 falconの彫像 と 殷の青銅製 祭器によってだった 。。。) 

 ☆「文アリテ文ナキ 之ナン文」は「あやありてあやなき これなんあや」と訓むが

   文/アヤという音および意味は 深く美しく 怪しくも妖しいものを孕んでいる、、、

   『心偈』は こころうた 『物偈』は ぶつげ 或いは ものうた と訓む