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「ここには 何もない」 寺山修司の ことば より 。。。

日記

                   ・ 

   さあ、フルーツガム・カンパニーは 見たかい? 縁日では何を買った?

   世界の美人がやってくるというポスターをたよりに 何か面白いことはないかとやってきた きみたちに

   いゝことを教えてやろう

 

   こゝには何もないんだ!

   こゝには何もない 退屈は鼠だ それを追いかける猫は想像力 おまえら、

   歴史の日が暮れかゝっているのが見えないのか!

 さきほど

 たまたま寺山修司の手書き原稿や 

 色紙を 検索していて 

 見つけた 。

 さすがに 天游光院法帰修映居士は 圧倒的に 凄い

 そういえば いま 

 山内由紀人さんの『三島由紀夫、左手に映画』を

 アラン・ベルガラ『六〇年代 ゴダール 神話と現場』

 ロジャー・ムーアハウス『戦時下のベルリン 空襲と窮乏の生活 1935-45 』

 イブン・シーナー『魂について 治癒の書 自然学第六篇』

 ジャン・ジュネ『判決』 など と 併読している

 三島の あまり深く追求されてこなかった「シネフィル」としての

 かなり重要な側面 が

 実証的に探求されていて 昂揚を誘う

 労作であり 犀利な感覚にみちた 素晴らしい仕事だ 

 それにしても  戦後世代には 

 寺山修司 三島由紀夫 土方巽 といった

 圧倒的な 才能 一〇〇年たっても すり減らない 天才が

 どーして いないのか 

 先行する世代に与えられた 「唾棄 戦慄すべき」 敗戦の聖痕 

   対して

 占領下の虚偽 「画餅としての自由 公正」 ポツダム民主主義

 傷と嘘

 それと関係 ある だろうな 

 、、、、、。

 蛇に足をつけると

 村上春樹さんは 

 勤勉だけが とりえの

 大江健三郎 程度の

 単なる「真面目な娯楽 / 笑」

         高学歴社会を背景として 

蕃殖 蔓延 した「小市民気分層」 相手に 

「嗜好品としての精神/ニューミーハー」を マスプロ商品に しただけ

平岡青城 修映居士 九日生ジュネ とは 

霊性も

    信じている ことも まったく ちがう