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頭の混乱した国民も、新聞も官僚も『そつくりそのまゝ』

今日二月十一日は かつての「紀元節」。 

その根拠なきフィクション 紀元節 を侮蔑するため

すべての嘘と怯懦を擯斥するため

虚言癖的「建国記念の日!」 

いわば「売国祈念」か「亡国の記念日」なのに

あざとい言い換えだけで民主化されたと信じている

小ずるい「永久占領国民」の頭を冷やすため

一億三千万人の 植民地奴隷 属国囚人の皆さんに

 中野重治『そつくりそのまゝ』をお届けしたい。

悲痛な思いで中野が書いた時から六十五年を経ても 

この国は さらに更に「そつくりそのまゝ」でしかない/笑。 奴隷の奴隷たるユエンナツバラアンダードッグであろうか、、。

                       ☆

《 日本の国民生活を支配してゐる仕組みはどこを見ても元のまゝ、そつくりそのまゝといふ気がする。元の大臣とか大将とかいふ連中がしばられ、金融資本家の連中がしばられ、その手代思想家連、実地のごろつき連がしばられた。さういふ事実が事実としてあるけれども仕組みそのものはそつくり残つてゐると思ふ。思ふでなく実地にそのまゝ残つてゐる。

 ある意味では大資本家、大地主、官僚群、軍国主義者たちの結合した力は露骨に一そう組織的に活動してゐるといへる。彼らは戦争に負けたと思つてゐない。彼らは負けたことを知らない。知らずにすむやうに具合よく仕組みが仕組まれてゐる。そのことで彼らは国民に対して反撃を開始してゐる。  ろこつに、国民をなめて。

 言論の自由といふことがあるけれども実地には資本家的なもの、軍国主義的なものが言論の自由をわがものとしてつかつてゐる。まじめな国民の側にはまだ言論の自由がない。非常に小さくしかない。国民の持つてゐる自由と国民の敵のもつてゐる自由とを比べると国民の方のものは極度に小さい。国民の敵の側のは極度に大きい。そのこと自身支配者群の国民に対する反撃となつてゐる。

 国民の敵はその一部分の人間をしばられたことでちつとも困つてゐない。彼らの活動の仕組みはいはゞ民主主義的に強められてゐる。彼らは国民をせゝら笑つてゐる。あなずつてゐる。まじめな国民は国民の当然うけるべきものを受けようと努力して敵側の攻撃、ワナに会つたりおちたりしてゐる。敵の仕かけてゐるワナは大きい。巧妙に出来てゐる。それがいはゞ民主主義的に秘密に出来てゐる。

 国民の敵が戦争に負けたと思つてゐないことは天皇の元旦詔書によく出てゐる。おなじものはすでに「終戦の勅語」によく出てゐたが、それが発展して今度は国民に対する天皇制全機構の反撃合図として挑戦的に出てゐる。「終戦の勅語」は迫水によれば迫水が筆をとつて書いた。あの勅語は太平洋戦争の実質を国民の前にゆがめて出した。あの勅語は天皇制が助かりさへすれば損害はすべて国民が負へばいゝといふたて前に立つてゐた。今度の詔書の執筆者の名はまだわかつてゐない。今度はその立場が前進した。一そう攻撃的に出て来た。国難打開のための国民の自発的活動にたいする暴力的鎮圧がそこで煽動されてゐる。

 まつさきに文部省が応じて起つた。文部大臣は大臣訓令を出して天皇の元旦詔書を新日本の教育方針とすることを発表した。文部省はその闇紙のストックをつかつてこれの解説パンフレットをつくつて全国の学校、地方長官などに配布することにした。

 四人の大臣は連名で労働者運動その他に対する暴力的鎮圧方針を発表した。同時に食糧問題その他に関する労働者と市民との結合した活動の指導者たちをしばりはじめた。

 農林大臣は米の強制供出を勅令でやらうとして来た。農林省は農民に地下足袋だの肥料だのを今度は必ずわたす、今度は約束をまもると発表した。地下足袋や肥料や農具を農民にわたすことについては誰も勅令のチヨの字もいはない。勅令は取る方だけに来る。勅令は供出問題の革命的解決を破壊することを目的としてゐる。

 元旦詔書は無数の戦死者に一言もふれなかつた。無数の寡婦、無数の孤児、無数の焼け出されに一言もふれなかつた。売国奴的政府はこれに応じてこれらの国民を全くはふり出してゐる。気の毒な復員者を全くはふり出してゐる。売国奴的政府は大資本家の戦争損失を埋めるため、戦争によるその孔を国民で埋めやうとしてゐる。

 売国奴的政府は天皇制のための憲法をつくらうとしてゐる。これを国民に押しつけやうとしてゐる。

 政府案の眼目は天皇制を天皇制として残すところにある。その骨子は天皇をそのすべての行為責任から解放することである。同時にその天皇に政治上の最高権力をあたへることである。自己の行為に全く責任を負はぬものは赤ん坊、廃疾者、法的無能力者である。法的無能力者を国の元首とすることは国民道徳の根元をくさらせることである。

 しかし法的無能力者に全権を与へることは専制君主をつくることである。売国奴的政府は国民の上に専制君主を置かうとしてゐる。

 政府と天皇制の全機構とは組織的にこれを煽動、宣伝してゐる。しばられた東条から松本、鳩山、武者小路、井上秀子までがそのために活動してゐる。大資本家、大地主、軍国主義官僚の代弁者としての政治屋、どろみづ稼業人が組織的に活動してゐる。高級職業軍人軍国主義的官僚、地方長官、政府系団体の支配者、警察網の指揮者のうち一人の天皇制打倒論者も出てゐない。大資本家、大地主、軍国主義的官僚の手先きとしての代議士立候補者のうち一人の天皇制打倒論者も出てゐない。悪党といふ悪党、道徳的感覚を持たぬものゝすべてが例外なく天皇制擁護のために起つてゐる。彼らの選挙闘争は天皇制の擁護に集中されてゐる。国難はすべて国民自身の頭に叩きつけられてゐる。

 国民の敵の一派は天皇を国民の儀礼的代表とすることで国民をごま化さうとしてゐる。彼らは法的無能力者を国民の道義的代表としてゐる。このことで彼らは国民と国民道徳とを蹂躙して専制君主を国民に押しつけやうとしてゐる。法的無能力者、しかし専制君主、しかし国民の儀礼的代表、彼らは国民の道義的感覚の麻痺によつて国民を最後的に侮辱しようとするのである。彼らは国民に国民道徳の腐敗源としての天皇制を押しつけようとしてゐる。彼らは国民道徳を腐敗させることで最後的に天皇制を救はうとするのである。

 彼らのあるものは天皇制廃止後の復辟運動を持ち出すことをしてまで天皇制をまもらうとしてゐる。天皇制廃止によつて生じるかも知れぬ混乱を彼らは威嚇的に国民の前にかゝげる。彼らは方便として扱はれた天皇はもはや天皇でないことを黙殺して天皇制をまもらうとしてゐる。

 彼らは天皇をして天皇は神でないといはしめた。それによつて彼らと天皇とは地上的天皇の再組織を目論んでゐる。

 同時に彼らは宗教的対象としての天皇を宣伝してゐる。宗教的対象、信心のための偶像。しかし信心のための対象は鰯の頭ですむことの諺を彼らは黙殺してゐる。彼らは拝まれる鰯の頭を考へずに専制する鰯のあたまを考へてゐる。しかし実地には鰯のあたまをつくらうとせずに専制君主としての天皇をつくらうとするのである。

 これらの点で彼らは混乱を準備してゐる。国民の頭の混乱と国民の感覚の混乱とを。

 言論、出版、集合、結社の自由を彼らはこのために有効につかつてゐる。殆どすべての建物、殆どすべての工場、殆どすべての学校、殆どすべての役所、またあらゆる法規をつかつて彼らはそれをしてゐる。それは元のまゝである。サーベルの音がせぬだけである。彼のストックと官僚網のストックとに相応じてゐる。学的無頼漢の組織と物質隠匿者の組織とは相応じてゐる。彼らは天皇にたいする課税を御下賜金にすりかへようとし、天皇からの国および国民への土地その他の返還を下附なゐし御下附にすりかへようとしてゐる。

 すべて国民を地上的神様によつて奴隷化すること、それが吾国の為政者の現にしてゐることである。日本の天皇制は負けてゐない。それは国民に本土決戦を挑んでゐる。》

       一九四六年三月一日発行 『改造』二七巻三号掲載  

   『占領期雑誌資料大系 文学編Ⅰ. 戦争と平和の境界 1945-8−1946-7 』[第三章 いま、生きてある場所での検閲]より