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 ウィトゲンシュタイン グラス マーティン ブランメル

    順不同

 ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン

  フィリップ・グラス

   ジョージ・マーティン

    ボウ・ブランメル

     関係あるような ないような四人組

      怪態奇矯な言い方をあえてすれば 

        ブランメルはもちろん

         ウィトゲンシュタイン

           ジョージ・マーティン

          書架に並べるのはなんだか気恥ずかしい

              ま 

           グラスもキザといえば気障か 。。

         だからかどうか

           本棚にはウィトゲンシュタイン関連は

       バーナード・レイトナー『ウィトゲンシュタインの建築』のみ

          加藤邦男『ヴァレリーの建築論』隣に並ぶだけ  

             趣味といえば趣味 

                単なる審美的嗜好ですが 

              というわけでこれらは 

          いま読んでいる本

    堀 洋一『ボウ・ブランメル』牧神社は古書で購入

      一九七九年三月三〇日初版第一刷発行

        まるで新品そのものデッドストック

         ネットで瀟洒な函入り書影を見て欲しくなった洒落本 / 笑。

『ザ•ビートルズ•サウンドを創った男 耳こそはすべて』

     昨年暮に新装版が発行された 元版は一九八〇年クイックフォックス

フィリップ・グラス自伝 音楽のない言葉』

         二〇一六年八月刊 

ウィトゲンシュタイン「秘密の日記」第一次世界大戦と「論理哲学論考」』

         二〇一六年四月刊

        新刊三冊は公共図書館にリクエストしたもの

 

     二十五歳のルートヴィヒが日記にこんなことを書いている

 《 さらにサンドミエシに向かって航行している。夜は穏やかだった。僕は非常

  に疲れていてぐっすり眠った。今は、タルノブジェクにおり、一時間半後に

  サンドミエシに向かって出航する。疲れていて寒い時には、残念ながら、僕

  はありのままの生に耐える気力をすぐに失ってしまう。しかし、僕はそれを

  失わないように努めている。・・・・肉体的に調子のよい時間というのは恩

  寵である。》          1914年10月8日

 

 《 可笑しいことに、今日僕は、糧食支給を受けている歩兵隊で、当初配給され

  る見込みであった士官用の糧食を貰えないことに腹を立てている。つまり、

  僕は最高度に子供っぽく、無作法に振る舞っている。しかし、わかってはい

  ても、僕は被った不正に対する立腹を制御することができない。何度となく、

  僕はこの不正について、そして、それに対していかなる手を打つことができ

  るのかについて考えてしまう。人間とはそのように愚かなものだ。》

                   1916年7月30日

     

      ファブフォー生みの親 ジョージ・マーティン伝もかなり面白い

   フィリップ・グラス自伝と一緒に読むことで

 二〇世紀音楽の普段は見えない背景が浮かぶような気がする  

    『フィリップ・グラス自伝』からも引用しよう

 《 この流れで思い出すのは、盲目の詩人でストリートミュージシャンだったムーンドッグの言葉だ。かなり変わり者で才能豊かな男で、一九七〇年代はじめには一年ほど西二三丁目の私の家で暮らしていたことがある。   彼はこう言った。「フィリップ、俺はベートーヴェンとバッハの足跡をたどろうとしている。だがな、二人とも巨人だから足跡の間隔が広すぎるんで、こっちは大股で飛び跳ねないとついていけないのさ」 》 

 アル・ジョルソンとグラス家が血縁関係だという事実も面白いが

   グラスがムーンドッグと一緒に住んでいた時期があったとは意外だった

    中村とうようサンからムーンドッグへの好意的な評価を聞いたのも 

      まったく同時代の一九七〇年代はじめだったはずだ 。。。

 

  それにしても飛び級して十五歳でシカゴ大学に入った少年グラスが

   シカゴのジャズクラブでチャーリー・パーカーコルトレーン 

     ロリンズ モンク バド・パウエルなど ビバップの巨匠たちの演奏に

       生で接していたことはアレックス・ロスの大著

        『20世紀を語る音楽』によって知識としてはあったものの

           改めて自伝で読むと僥倖的な事績

               とりわけ

             一九五五年に三十四歳で早逝した

               バードとの遭遇は奇蹟そのもの 。。