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花森安治とJ. D. Salinger  あるいは戦争とKurt Vonnegut 小津安二郎

  

  汚屋敷に籠城していた九十二歳 家のなかで転倒し恵比寿の厚生中央病院に二ヶ月

    一人暮らしはもう無理と若い医師に宣告され さしもの桜蔭継母も白旗を掲げる

       生さぬ仲である家人が 実の孝行娘でもできないほどの奮闘を持続

         新築平屋の小ぢんまりした温泉付き介護老人ホームを探しだし

           高速道を車椅子のまま介護タクシーで四時間かけ搬送したのが一月早々

     それからも広尾 恵比寿と郭公の啼く閑かな里山を何度往還したことか

               さまざまな残務処理

          非日常と日常の混淆 喧騒と閑寂

        そんな日々

  『花森安治伝』が文庫になったのを機にようやく読めた

    著者の津野海太郎さんには罪がないのだが

       雑誌連載時も 単行本になった二〇一三年秋も

             読むのからどことなく「逃げていた」 。。。 

      やっと読めた 。 交友関係 人的系列などさまざまな勉強になった 

             でも

       もっとも大きな印象を受けたのは「彼の戦争」のこと

      花森自身 ほとんど書き遺さなかった

    二等兵としての北満出征など 二度の召集 軍隊時代

        丁寧に調査して書いてあった

            読んでよかった

       この本のなかで

      津野さんはお母さんがとっていた『暮しの手帖』を中学生のとき

        茶の間の押し入れに積んであったバックナンバーから読んだと書いていた

          威張るわけじゃないけどぼくは小二のとき級友の家に遊びにいって

            町医者の娘だったその子の家の待合室にあった『暮しの手帖』を読んで

          ぞっこん惚れ込み 

        自宅に帰るや 

      母親に「これからは ああいう雑誌を読まなければいけない」

           と『婦人之友』からの転向を勧めたのだ / 笑。

  

        末子に甘かった亡母は早速 購読誌を変更した

      ネットでバックナンバーを調べると

         一九五七年発行の42号からは自宅で読んだ記憶があるから

            つまり最初の出会いは八歳くらい 。。。

         花森安治は偉大な児童教育者でもあった

        家人は子どもの頃 藤城清治は天才だと思った そう云うけど

     ぼくは藤城清治のページだけ 苦手というか損したと思っていた

        「花森安治柳宗悦 岡倉天心 吉田兼好」によって育てられた

                美意識に関して

 

              若い頃はそう公言するほど

            子どものころから

         花森に思い込みがあるだけに(読むのが)怖かったんだ

      この本を読んで本当に よーくわかった 

         戦争を忘却すれば 暮しは喪われる 

            健全な暮しが消失 喪失する

               その惨さを秘めた深層構造

 

       駒場日本民藝館館長に お手盛りグッドデザイン賞・パクリエータ深澤直人が就く時代

   『暮しの手帖』編集長を 松浦弥太郎 や 澤田康彦が務める時代

       かれらは上昇志向が強いだけの二流スノッブ 

          完璧なフェイクであり 本物のキッチュにすぎない

             同い年の先妻と別れ 若い女優をカミさんに据えた男が 新しい暮しを語る 。。。/笑。 

           この国の暮しは 薄いうすい溶けかけて汚れた氷のうえにある 。。。。

         ブランド信仰に金銭崇拝 虚栄と怨嗟 、、、、 調理品を買い食いする腐敗した日々

  

        ちょうどその頃

     デイヴィッド•シールズ/シェーン•サレルノサリンジャー』も読んでいた

        ここでも第二次世界大戦への従軍が重視されている

          ヘヴィーな戦闘と殺戮は

     この内向的な作家に大きな影を落としたことがハッキリと証明されている

             以前

      2013年に邦訳のでた これまた大部な『サリンジャー:生涯91年の真実』も読んでいるから

         ぼくは『ライ麦畑、、、』にはあまり興味がなかったけど 

            彼の隱遁ぶりには関心があって いまやちょっとした研究者/笑。

        二〇世紀藝術に大きな影響を与えたのは 戦争という名の暴力 そしてホモセクシュアル

          文学を考え続けるうえで

            J•D•サリンジャーよりオスカー•ワイルドを ぼくが重要視する所以であり

              酷い戦争体験を持つ大藪春彦を 大江健三郎より重視する理由である

           一九〇〇年に死んだワイルドは間違いなく現代人の原型/prototypeであり嚆矢であった

              ところで

          現代ニッポン人の多くは想像力をほとんど喪っているため 

        戦争を想像することすらできなくなっている

   

      あったとしても「悲惨な戦争」などステロタイプに封じ込まれている

    ニッポン人から想像力を奪った主犯は文科省と新聞各社 テレビとNHK

      紋切り型・ステロタイプと雪月花のように季語としてスケジュール化された「先の大戦」

          ヒロシマナガサキ 「終戦」 献花 黙祷

             洗脳されマインドコントロールされたグーミンたち

      戦争経済の功利性と魔力的な暴力性 あるいは大衆の思考停止による 集合的なマス快楽への没頭 陶酔感

 

         戦争は国家と産業にとっての阿片だ

   ヴォネガットの小説はドレスデン無差別爆撃抜きには語れないし

     小津安二郎の戦後作品は小津の過酷な戦争体験抜きには考えられない

        「非戦」世界へのオマージュだろう

            詳しくは 

    小津の「陣中日誌」を全文公開する田中眞澄『小津安二郎と戦争』を

       芸術家と戦争の関係については

   ヨーゼフ・ボイスロバート・ラウシェンバーグ サム・フランシスも

         サミュエル・ベケットやサン・テク=ジュペリも思索の対象にすべきだろう 。。。

     二〇世紀藝術はふたつの世界大戦

           そして同性愛を除いては 

                考えられない 。。。