アイラ島のコケイン       ……… Net的 実験実用私小説の試み

 

「あった! これだ。」

ちょっと昂奮するようなリストを探り当て 彼はご機嫌である

Old Liquor Company” 稀少古酒を中心に扱うオランダの酒屋 そのアイラ島モルトウイスキーの価格表

ABC順の Ardbeg  Bowmore それに続いて

探している Bruichladdichがあった ブルックラディだけでもかなりの量だ

新たな情報ソースを得ると 資料の全体を出来る限り速やかに精査 把握し

価格的な信頼度とゆらぎ傾向を含めて判断 旧知識と合流させ蒐集情報の質と精度をあげる

あらゆるコレクション行為には落掌の優先順位決定が不可避だ 

外的・内的条件によって刻々と流動変化するそれらを的確に判断するには生成する最新情報が欠かせない

欲しい物が無数にあっても 原則は徐々に順番に買うしかないんです

そして舞い込んだ偶然は「啓示」か「恩寵」と考え 優遇すると彼は言う

既にEU圏ではプレミアムによって高騰したものが 

過去の円高時代に輸入され 価格改定はされても まだ廉価で売られているボトル 

販売終了から時間が経過して稀少になったもの いま見逃せば二度と買えないものを優先的に入手する

これをご覧ください と言って彼はキーボードを叩いた ポンッ。

次はこちらをどうぞ ポンッ

1991年に旧体制/アンシャンレジームの下で蒸留され 2001年にジム・マキュワンらによって全業務が再開されてからの

2005年に瓶詰めされた「イエローサブマリン

オークカスクで14年間熟成され 12000本がボトリングされたなど 基本データがわかります

さきほどのオールドリカーカンパニーでは€ 299.95(VAT抜きでは247.89ユーロ)が付いていますし

イギリスアマゾンでもこんな価格で売られています

では英国アマゾンに出品している “Hard To Find Whisky ” を見ましょう

ここでは The Yellow Submarine (2nd Issue)が £279.95 です 単位がポンドであることにご注意ください

 1ポンド180円 現在の邦貨にして ザッと五万円を超えていますよ

ところが 凄いというか素晴らしいことに日本ではまだ六千円ほど!で売っている酒屋もあります

ググれば さほど難しくありません 興味のある方は探してください

ニッポンが様々な物品を欧州から輸入し販売するようになって二〇〇年ほど こんな逆転現象は珍しい 彼は思った

高潮による河川の逆流や大津波のように ある種「奇観」に近いかもしれない

とりあえず奇貨廉売現象を「面白がる仕方」の基本はレクチャーできたと思います 

あとは興が向いたら自分で研究しながら勇気と緊張感を持って愉しんでください

あの武者小路実篤も 「勉強勉強 勉強のみ よく奇蹟を生む」 と言っております

あらゆる蒐集に最も大切なのは 何といっても情熱 次が 知識と強運 経済力は最後です

情熱を長く強く持続できれば 知識は蓄積され 僥倖にも気がつく 資金すらそれに付いてくる

  念ずれば現ず 。。。 

追加資金は棟方志功の昭森社 森谷均宛書簡を売却を前提に古書店に預け 捻出することにした

戦争が始まっている1942年 初めての作品集『棟方志功畫集』刊行を目前に封筒も力作 

内容も躍動感と歓びがみなぎる 菩薩像まで描かれた絵手紙の傑作と言えそうな かなりよい手翰だ

「おれは棟方を売ってでも Bruichladdich を買うゾ 。。。」 彼は決めた

昨年の八月から始めて九ヶ月で ここまで踏みこんだ  すでに六〇本は超えただろう 

種類ではなく本数 こうなれば 少し時間を掛けて一〇〇本までやるか

なんとなく彼がそう思ったのは

ワイルドワンズ 加瀬邦彦の自殺が報じられ 萩原流行がオートバイで事故死 

嶽本野ばらが二度目の逮捕をされた日 あたりのことだ

M矢憲治が黙ってストローを彼に手渡した 慣れた手つきで片方の鼻孔を押さえ

紙のうえの白い粉末を吸ってから パウダーがまだ残っている紙を差し出す

   久しぶりのコークだ 

  即クイッ と来た!!! アタマの芯が静かに痺れていく

新宿の喫茶店で誘われて以来だから 三〇年よりもっと経つだろう

新宿風月堂が既に閉店していた時代 小田急デプト下の普通の珈琲屋だったが 彼の大胆さには驚いた 

そう言えば  M矢とは風月堂で逢ったことはなかった 。。。

みんな若かった 

先月だったか A新聞ネットで ジャクソン・ブラウンのインタヴューを読んで元気なことを知った

ジャクソン・ブラウンが童顔の爺さんになっていて 改めて自分たちの年齢を思い知る 。。。

  どこからが夢でどこからが酔いと睡りとだったのか判然としない

まだ払暁前の闇のなかで 少しずつ意識が戻って 夢であることにウッスラ気づき

途中から明晰夢になった 妙に生々しい覚醒夢だった

睡っていてもβ-エンドルフィンなどの脳内麻薬は分泌されるらしい 、、、

 

蒐集に没頭するのも脳内麻薬物資の大量分泌と関係がある

現在では双極性障害とよばれる「躁鬱病」も本当は脳内麻薬と大いに関係がある筈だ

子どもが多幸症にも似た幸福感のなかにいるのは 

出生から幼児期の少しあとまでは小児用の脳内麻薬が出ているからではないのか

ところが思春期以降 ひとは「我欲」を憶え 他人と自分 能力や容貌容姿 環境比較等 「不幸」を発見する

自我と性に目覚め 幼児の楽園を追われたティーネイジャーには 

日常的にハードな運動をしている選手を別にして まだ成人用の脳内麻薬は分泌されない

糖衣に包まず 苦く残酷なことを云えば 八割以上の人間は凡庸な知能と才能 容姿容貌しか持っていない

冷厳な現実にもかかわらず ほとんどの若者は身の丈以上の「夢や希望と称する欲望」を抱く

それは「子どもには無限の可能性がある」とかの大ボラを売りつける「商業民主主義」のせいであっても

物心つくと同時に吹き込まれてきた「噓」に ほとんどの青少年は翻弄される

さらに親が並以下の凡夫匹夫でも 当たり前のように子どもに期待する

 

悩み苦しむ一〇代 鬱病傾向の二〇代三〇代が増えるのは そんな単純な理由からだ

すべての悲劇 あるいは哀しい喜劇は「欲望」に起因する

夢のなかにせよ M矢が突然あらわれたのは 嶽本野ばらの逮捕が影響していることはハッキリしている

彼は彼なりに心配しているらしい

心配といえば 一度だけとはいえ彼にシンナーを教えたC田春夫は数年前から癌を煩っていて

一昨年の夏に死んでしまったT井十月 が何故か重なりながら 脳裏を掠める

シンナーといえばトルエン王 マーチャンこと加部正義 ルイズルイス加部の自伝的エッセイ

 『気ままに生きる』を偶然 先月になって読んだ

  「ホラ シンナーって酸性ぢゃん 石鹸ってアルカリ性だから 中和しようと思って 石鹸囓ったんだ」

C部から 直接聞いた話を懐かしく彼は思い出す 。。。 四〇年以上前のことだ

うーんん 。。 マーチャンって思っていたより遙かに凄い客観性を持って世間を眺めていたんだ

エッセイを読むとわかるけど 最近は薬物を離れてアルコホルに開眼したとのこと 。。。

およそ一八〇〇万人いる占領下チルドレンのなかでも傑出したひとつの個性 ある意味での最高峰 

ヒップな仙人お莫迦なふりをしてきた賢者みたいなマー坊は 元気だけど 

デイブ平尾 山口富士夫 成毛滋など随分多くのアノ時代を彩った故人/ミュージシャンのことを ふっと懐かしむようになった 

 ピンポーン!

閑寂な苫屋のチャイムは 不必要なほど大きな音で鳴る 。。。

いま Bruichladdich 1993Sassicaia American Oak が二本届きました 

送料をいれても 高騰する現在の欧州価格の1/4以下になる

国内相場もやがてヤフオクなどに始まって高値にプレミアム価格修正せざるを得ないだろう

それにしてもブルックラディ蒸留所は 工場復活の二〇〇一年からわずか一〇年すこしで

ザッと二百種類以上のボトルを製造発売した計算になる 

しかも実験精神に満ちた 考え得るあらゆるタイプのモルトやヴァッテッドウイスキーが含まれている

それは一九八〇年代にミシェル・クーヴレーが始めた 熟成樽を重視する考えを継いでいるだろう

《「ウィスキー造りの95%は熟成による樽で決まる」との信念。》

ネゴシアンからウィスキー造りへと転身したクーヴレーは2013年に亡くなったが

彼の考え方は現在のスコッチウィスキー造りに大きな影響を与え その代表格がジム・マキュワン

古代種大麦ベレ・バーレイの復活やテロワール理念の応用など 多くのことがマキュワンに受け継がれている

小さな島の小さな蒸留所が少人数の従業員で取り組んだ 超人的な努力と作業の結果

いまでは世界中にラディ愛好者や蒐集家がいて「LADDIECOLLECTOR」なんて優れたサイトもあります

慣れないと扱いづらいが 価格とは別の質の高い基礎情報を得られるのでラディ入門者にもお奨めです

     幸せを追いかけなければならないと 思い込まされ 却って不幸になっている若者たち 

     あるいは 幼稚園の椅子取り競争以来 勝者や 何ものかでなければならないと自己脅迫し

     不在の椅子/ポジションを追いかけて 不毛さに疲れはてた若者や若いつもりの悩める中高年の群れ

     抗鬱剤を処方され 薬物による「ロボトミー」を施される現代人たち

     脳内麻薬物質の沃野を開墾し 天然の充足感を日々のものとして体得しよう

     凡夫匹夫諸君 無駄な努力などやめ 梁塵秘抄や 老子荘子の世界を生きよう

     少年よ少女よ 大志なんか持つな それは文科省と教育受験産業と商業主義の罠だ

    

            遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん

            遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ

     

 *道籏泰三『墜ちゆく者たちの反転/ベンヤミンの「非人間」によせて』を読んで

  ベンヤミンに『マルセイユのハシッシュ』という文章があることを知った

  『陶酔論』に含まれていなければ読んだ記憶がない でもタイトルとしては

  「アイラ島のコケイン」の方が(少しだけ)良いと自画自賛する 。。。/ 笑。 

                        2015/6/01 附記