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40 YEARS AFTER  村八分 / 青木真一に献げる 私的な墓碑銘 として 。。。

日記

青木真一 。 享年六十三歳 。 

   唐突に彼の死を

      asahi.com で知ったことに そもそも大いにめげた

          朝日新聞の訃報欄なんて まったく「村八分」に 似合わない  

                   FUCK FUCK FUCKIN' !!!!

 

 去年は 富士夫ちゃんが 今度は青木クン (生前の呼び方で)

   2000年に浅田哲 1994年にはチャー坊が 死んでいる

 入れ替わりの激しかったドラムスを除けば

     硝煙とアシッドの匂いの残る稀有なロックバンド『村八分

        オリジナルメンバーは ほぼ全員 壊滅的にいなくなったことになる

 正確な年記は思い出せないが

   40年前 冬の京都 

 山口冨士夫青木真一 ぼく

  

      四条河原町の「おめん」でうどんを食べたり お茶したり 

           どこかで今度は「にしん蕎麦」を食べたり ふらふらしていた

   女物の塗下駄を履き毛糸のマフラーをグルグル巻き 奇妙に大きなキャスケットを被ったチャー坊をリアルに思い出す

       毛糸の手袋の彼は「サムイ寒い」と手を擦り ステファニーと一緒だったので 立ち話だけで別れた  。。。。

         夕方 寒くなって銭湯の「電気風呂」に三人で入ったような記憶もある 

 

    その夜は青木クンが借りていたアパートに転がり込んで

     [ Like a Rolling Stone ]に始まる  ディランの傑作アルバム『 追憶のハイウェイ61

            何度も何度も繰り返し 

         浴びるほど聴いた 。。。。。。

      青木クンが「これ サイコーだなぁ」と歎息するように云っていた のを憶えている

                         ☆

                       時代が変わって

        冨士夫ちゃん どんと フールズの川田良も 初めて会ったときまだ一〇代だった桑名正博もいない 

   『ライブ村八分』や『ファニーカンパニー』のジャケット写真を撮った誠ちゃん 林まことも死んでしまった

    阿部薫 木田高介 江戸アケミ* 西岡恭蔵 日高富明 井上忠夫 宮下文夫 アイ高野 若林純夫 鈴木ヒロミツ 成毛滋

  大口広司 忌野清志郎 大村憲司 デイヴ平尾 ジョー山中 ジョニー吉長 安岡力也 高田渡 飛田一男 浅川マキ 布谷文夫

    加藤和彦 柳ジョージ 島田和夫 安田南 かしぶち哲郎 大瀧詠一 佐久間正英 ジョニー大倉 堀内護 、、、

     ライブで聴いたり会ったことのある 顔を思い出せるミュージシャンをざっと挙げても まさに死屍累々

               彼らはある時代 戦場を共有する 戦友だった 。。。

                         ☆

                      半掌 と 黙祷 あるのみ

※ あれは一九八九年の冬 『N.M.M.』誌 創刊20周年を祝う会の二次会だった。中村とうようサン 北中正和サン 内田裕也サン パンタ 江戸アケミ ぼくの六人。江戸が「ユーヤサンにタメ口をきくのはけしからん」とロック世界を離れて久しい初対面のぼくに絡んだ。こちらもまだ若かったから一触即発風、、、/笑。それを「マーマー」と止めたのが戦闘青年パンタとマッドドッグ裕也さん!何とも豪勢で奇怪な鍔競合いだったが 間もなく江戸アケミは浴槽で溺死してしまった。 更にとうようサンが用意周到に準備した自死を七十九歳で遂げてから三年余になる 。。。思えば最初に会ったころとうようサンはまだ三〇代の若さだったのだ   往時渺茫 哉