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「AfroSF」& Dubai  ドバイの Super Police Cars 警察車輌にはじまる 意識と文化の革命 。

『ル・モンド・ディプロマティーク』 

  日本語・電子版に 

最近 想像力を刺激する 興味ぶかい記事があった 

アラン・ヴィッキー / 上原秀一 訳 『アフリカのSFに未来が読み取れる』と題された それは

こんな導入部を持つ 優れた記事だった

《 マスコミのレーダーが届かない遠い場所で、アフリカの若い作家グループが大陸に文化革命を起こそうとしている。独立に携わった世代の孫に当たる黒人と白人の若者たちである。いくつかのブログを通じて、あるいはアフリカ全土で発刊される少数の新しい雑誌を通じてお互いに結びつき、SF(空想科学小説)という欧米人の想像力に支配されてきた領土に攻め込んでいるのである。》

セネガルの哲学者スレイマン・バシル・ディアニュ氏の意見を敷衍させてもらうならば、将来の構想が危機に立つアフリカ大陸では、指針は未来の方からからやって来るということになる。》

  あるいは 

提喩として 他の筆者による否定的な言辞の引用

マリ共和国の北部では、最近、

「頭の中は7世紀のままなのに21世紀のテクノロジーを使って頑丈に武装している連中」と出くわすようになった 》

露骨に差別的で辛辣だが 動き出した変革を忌避し これまでの支配への報復を怖れる白人的憂懼感が露出している

武装ゲリラ行動への侮蔑的論難 牽制からも 活性化 流動化する 生のアフリカ情勢が窺える

『アフリカのSFに未来が読み取れる』全体の文脈からは

「頭のなかを21世紀のSFセンス/思想テクノロジーを用いて想像力の重武装化がすすんでいる真実」が 読みとれる

    南米の魔術的リアリズム 

        ならぬ 

アフリカ大陸における黒いSF 魔術的SF  呪術的SF  新たなSF誕生の可能性を 

これらの文言は はっきり示唆している

   出でよ  褐色のカート・ヴォネガット

        鳶色のアーシュラ・K・ル=グウィン

  

        漆黒のフィリップ・K・ディック

アフロサイバーパンク』を主宰する ジョナサン・ドスの言 

《 「第三世界の若者が、数年前にはほとんど想像さえできなかったようなテクノロジーに接するようになった現在、いったい何が起こっているのだろうか」と問うている。「このような傾向がこれからさらに50年間続いたとしたら、どうなるのだろうか。この問いに誰が答えることができるのだろう。もちろんSF作家だ!」。ドス氏は、後にこの新芸術運動の宣言と見なされることになるかもしれない文章「発展する世界 SFの越境」において、自身がいかにしてSFの世界と出会ったのかを述べている。「アフリカ人の小さな子どもを想像してほしい。彼はVHF放送用の古いテレビの粗い画面の前で目を見開いている。町の境界の向こうにある素晴らしく不思議な世界の映像と音声に初めて接しているのである。これは私の最も古い記憶の一つだ。私は、1990年代にマアモビにある小さい静かなアパートで育った。マアモビは、アックラの有名なスラム街の一つ、ニマの郊外の一区域である。国営テレビの他には、当時、テレビ局は全国に二つしかなかった。我が家には有料の衛星放送に加入するお金はなかったが、無料のテレビ局でも、運が良ければ、あらゆる分野の世界中の番組を視ることができた。こうして私はSFに出会ったのである。有名作家の作品を通してではなく、作品の主要なイメージから作り出されたテレビの上の類似品を通してであった」。》

    熟成しつつある ブラック・ブレイン・パワー

 SF だけでなく 写真その他 多様な表現にも 注目する必要がある

たとえば 写真家 コト・ボロフォ

Sibusiso Mbhele and his Fish Helicopter. 』という奇妙なタイトルをもつ写真集 

それだけで 

アフロ写真が 開示しようとする世界に 刮目せざるを得ない 

なお彼は デビューから一〇年少しで すでに多数の写真集を 世に送っているが

そのひとつに 

エルメスの工房を撮影した 全十一巻の大作 『La Maison 』があることを申し添えたい

  そういえば 

ロック史上に残る もっとも優れたLPジャケット/アルバムを撮った ロック写真家

 ノーマン・シーフは 南アフリカ共和国の生まれであり

三〇年ほど前 

彼にインタヴューした際「確か サム・ハスキンス も 南アの生まれでしたね」と云うと

 「彼とは 同じ高校 つまり同窓生なんだ」と教えてくれた

ふたりは白人だが アフロ写真の前兆 そう捉えることも可能だ

  さて

  寄り道に次ぐ 寄り道を つづけた結果

    ドバイのスーパーポリスカー 

を論じる気が 薄れてきた

 ランボルギーニから 始まった 

バイ警察の 超ポリスカー配備は

フェラーリ から ベントレー メルセデス アストンマーティン One-77   

  あるいは

ブガッティ ヴェイロン まで進んでいる

  ドバイ警察署長によれば これは

高速性を発揮して 速度違反を取り締まるクルマではなく

 婦人警官に 観光名所を ゆっくりパトロールさせて 

 外国からの旅行客を 愉しませるための 配慮だという

  思えば 

やがてアラビアのロレンスとして知られる

T.E ロレンスが 

カイロの英陸軍情報部に赴任してから 約一〇〇年

彼のロールズロイス装甲車が 駱駝を圧倒した 

あの時代とは

  いわば 

世界が 逆転したのだ 

  本当の「アラブ反乱」は これから始まる

もはや 

いわゆる 欧州先進国は アラブに額づく立場になっている

もちろん 日本人に 優位性は まったくない 

  アラブとアフリカを 侮蔑し 無視してきた 日本および日本人には

         微塵もないだろう

疑うものは この写真を じっくり眺めて欲しい

  これらの警察車輌は 先進国と称する 狭量な地域に数多いた 虎の威を借るクルマ愛好者 高級車阿諛症 に 

     冷水と嘲笑を 浴びせたのだ

 ドバイこそが 湯水のように金をつかって 

金銭の 無価値性を 立証している / 笑。

     ☆    ☆    ☆

   ふと思い立って 書架から抜き出し

   なぜか机のうえに 置かれた 

フィリップ・K・ディック『銀河の壷直し』と

クロード・レヴィ=ストロース『やきもち焼きの土器づくり』

  その二冊のイメージが

  交叉するあたりに発散する 気配とたたずまい  

  神話とSFの混淆する 近未来社会を 占うかのように 。。。

       意味なく ぼんやり 眺めている 

             ☆

  あの黒い想像力の革命家 フランツ・ファノンが 満腔の怒りとともに 望み願った

      第三世界における「創造」と「発見」の時代が 

ファノンの生誕九〇年を待たずして 

      これから 

  広大な第三世界そのもの アラブとアフリカに はじまる 

 

  さまざまの分野 さまざまな水準の 意識革命 文化革命 社会革命 政治革命

              黒い あるいは 褐色のSF と

      インド インドネシアを含む 性差別への フェミニズムの反撃

             精神と生命 魂の天体革命

                 これ を

             遊歩者 / 観察者の晩年に始まった 

       大きく深い 二十一世紀のモデルニテ/パサージュとして

   ベンヤミンのように あるいは ボードレールのように 観察していこう / 笑。