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宗悦私版 BEUYS カンパネッラ その他の 本。

 

  「本に 若くは なし」

世俗を離れる道具として 酒茶Drug を別にすると 

本にまさるものはない

        茶酒一如  不二読酔 

   あるいは 不二睡読  読夢一如

       

穢土をこころから厭い 濁世からすこしでも離れようと

書と遊ぶ 欣快 法悦は 

古今東西 不動にして 命数的な もの(でしょう / 笑)。

さて先週は 

「宗悦私版」『美の國と民藝』昭和十二/1937年刊 を得た

昨夏 神戸市須磨の古書肆から 洋紙による限定四五〇冊の普及版を入手し

二〇〇冊の和紙特製本の架蔵をも 誓ったが

思ったより遙かにはやく 落掌 

慶祝 欣喜の念 陶然たるものがある

同じ活版を 用いている筈なのに

和紙刷りのほうが 驚くほど 字面も 組み版も 美しい 

インクが手漉き紙に圧印され 打ち込みが太く 力強い

これは現物を 比較しないと わからないこと

威張るのはそこそこに 先に いこう / 笑。

私家版の薄冊と対照的に 270頁の 大判 

五月革命のポスター集 『Beauty Is in the Street

ヤフオクで アマゾンの 約半価)

昨年  西川長夫『パリ五月革命私論 / 転換点としての68年』を手にしてから

「三月二二日運動」を改めて検討し直すために ポツポツ 関係資料をあつめている

『六〇年代ゴダール 神話と現場』を読んでいるのも その一環だし

差別的政治用語である「ベトコン」を使うなど 無神経な駄本ではあるが 

土田宏『アメリカ / 1968 混乱・変革・分裂』も 副次傍証資料として読んでいる

それから その後も 複数冊がとどいて 沸点を超え 

これまで以上に炎上的な 思弁 討究

解釈が新たな段階にはいった BEUYS 研究であるが 

これ関しては 日をあらためて 書こう。

カンパネッラ『太陽の都』は 

優れた論文【ヨーゼフ・ボイス宮沢賢治 ― 芸術の東北〉研究序説 】を書いた 山本和弘さんに示唆され  

賢治とボイスをつなぐ重要な文献として 二〇年前の岩波文庫版で入手した

読み終わったら ブランキの『天体による永遠』と並べる つもり