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「死すべき 滅ぶべき」人類の一員として。

四〇年前にこう書いている

《 こんな夢想をする事があるんですよ、

今望み得る最高のユートピアとは人間が一人残らず消滅することではないのかって。

同時刻に総ての人類が地球上から蒸発するのは、

真の平等という言葉に価する唯一最大のヴィジョンではないのかって。

幸いなことに人間はそのヴィジョンを可能にする水爆という黄金の杖を持ってますからね。

一瞬にして人類自身とその歴史を消去できる現代は、人類が神になった時期、

再び来た神話期ですよ。》

 コラムの一部だが

 おおむね今の考えと異なっていないから

 修正しようとは 思わない

日本人に限らず 

人間は 

人類は 

やはり お馬鹿さんであった

六〇年余 生きてきて それは確固たる信念として 熟成している

淡々と あっさりと そう思う

こんなことを日記化するのは

今朝 asahi.com を眺めていて

このような記述にぶつかったのに端を発している

 【 勘三郎さん、息子の襲名披露出演せず 肺の疾患見つかる 】

それがどーした 

まったく どうでもいいこと 瑣事そのものだ

腹を立てるより早く ダイレクトに

瞬時に 伝わった

ああ そうか 

深刻ぶった 政治や経済の話だって 同じ紙のムジナなのだ 

タミ シモジモに与えても 危険がないから 国内政治や 海外政治経済の話題を 

新聞は 好んで取り上げるのだ と。

政治欄を 重要な事実 その情報源と思い込んで 

新聞を読み続ける 本物の馬鹿の群れ

新聞に載る 政治ネタなんて 芸能やスポーツ、その他の娯楽や儲け話 与太ばなしと

まったく同じ どうでもいい 安全な話題なのだ

むしろ 

床屋政談のタネとして 新聞紙を エサとして あてがっているのだ

ある晴れた日 

四四歳で初夏の地中海に自裁飛行した

サン テックス少佐による『星の王子さま』の至言 「大切なものは 目に見えない」

それと同じように 新聞は 「本当のことは 載せない」 のだ

日本は 社会は この世は 滑稽すぎるなぁ

苦笑しつつ 

罵詈讒謗を愉しむ 初冬の朝だった 。。。/笑。