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むかし軍国主義 いま商業主義 、、、ぼくが新聞の早期廃滅をねがうワケ / 笑。

日記

ぼくに云わせると 日本人の多くは戦前から怯懦だったが

戦争に負けて さらに一段と卑怯になった。

明治から続くその「風潮」を

戦中から戦後にかけて

敗戦後は特段と声高らかに「民主的」に領導したのが新聞各紙だった。

明治からの羽織ゴロ 羽織ヤクザは 

戦争賛美への責任をまったく取ろうともしないで

背広を着て ネクタイをユルめた民主的で恥知らずな山師の大集団となった。

さらに

あろうことか戦争協力を隠蔽する意味もあって「社会の木鐸」だの「無冠の帝王」だの、と

自らを自賛し自慢し誇示しまくって持ちあげ 民主主義球場における主戦投手のソブリをする

それは 経済詐欺、宗教詐欺と共通する単純かつ典型的な「シロ詐欺」手法だった。

(シロ詐欺は素人相手の詐欺、 クロ詐欺は玄人同士、 アカ詐欺は結婚詐欺系 、、、)

しかし「情報」を独占している新聞およびラジオ、TVは強い つよい 断然ツヨイ

素朴すぎる衆愚相手で 敵なしだから 圧倒的である 

善意ぶった詐欺師たちが世論を制圧した

ついでに民主的な大学教師や進歩的あるいは反動的文化人に 

新聞や週刊誌に「書けますよ」そうコマセを撒けば 彼らは喜び勇んで飛びついた 、、、。

林芙美子か誰かの色紙で見たことがあるが

ほとんどの文化人は「とかくメダカは群れたがる」でしかなかった

それは

衣冠ならぬ「遺憾」な「日刊の帝王」集団として 世情形成での傍若無人な席巻を意味した。

政治家と新聞屋、そして戦前そのものを体質とする官僚たち

かくてこの国はあいも変わらぬ「悪党集団」に牛耳られ続ける。

かつて「軍国主義」の時代は自由にモノを言えなかったと 現代の背広ゴロどもは云う

しかし現在 猛威を振るう「商業主義」に 新聞とTVは 何か云ってるだろうか

かれらは商業主義バンザイ 経済成長カムバックを叫ぶのみ 。。。

あまつさえ

敗戦後六十五年も続いた愚民政策は

親・子・孫 三代も続くオメデタイ人々を育成し

成功せいこう 大成功  愚民にあらずば国民にあらず

愚国民は「商業主義」にどっぷりと浸かり それを謳歌する あるいは謳歌することを望む

呆れるほど単純な国民性を招来した責任は 

愚民化教育を推進した マスメディア及び教育機関にある

わたしは 弾劾する ひとり断罪する

肥ったロシナンテとして サンチョ・パンサなしでも

腐りきった「無冠の帝王と曲学阿世する大学教師や文化人ども」詐欺師集団を懲治する/笑。

右も左も進歩も保守も 全部まとめて おさらば さらば 

共産党から自民党 産経新聞から朝日 赤旗まで 

滑稽なほど みんな同じ穴のムジナだったのだ  嗚呼