ある詩篇より 谷川雁 『伝達』

           首都の勘定書

        下宿の手すりで紫にすきとおり

        咽喉まで昇って詩句は砕ける

        そんな風にひとりの韃靼人は死ぬ

        うすべにの歯磨粉を吹きちらして

        寝巻はにがい薬草を咲かせ

        青い木綿のきれをつけた村がみえる

        だが稲妻がつめたい岩を串刺すまで

        水差しの魂はそこに戻らぬ

        幸福はむしろ藁の上にある

        大通りで二月の蝸牛を知っている者はない

        句読点をなくした平均値以下の左派が

        ひっそり尾行されている亜細亜のながめ

        おあいにく 日々の鼻血をなすりつけた

        奇妙に円い手鏡に菌糸のような鉛筆がき

        反乱だ 漬物石は象牙に変る

        あなぐらは美しい音にみち……

        つぶれた安煙草のかたちに横たわる彼

        綴のちがう外国語を掃いてしまえば

        ゆうぐれは薄皮の六法全書となり

        消えさった性、信仰、階級に醤油をそそぐ

        区役所はしぶしぶ片目をあけた

        すると荷作りを心得た友達がさけぶ

        おお復讐の朝よ のこぎりを

        たんぽぽの葉じゃだめだってば

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