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空しい欲望の楼閣が崩れゆく時代には優雅に「自転車と原節子」。

つい先日 自転車を買い換えた。

ぼくのチャーリーはまったく高級機種ではなく 

(やすいSpecialized/MTBの時代もあったけど)

もう一〇年にわたって ほとんど何代も何台もジャスコの自転車。

で 先任車はシマノの外装五段変速付きママチャリだったけど

今度のは同じシマノの外装六段変速でも フレームはクロスバイク型で 色も黒の いわばパパ用自転車。

値段はボタン式キーロックを付けて一三〇〇〇円を少し超える程度だったから

むしろ前のより安い。

安くなった理由は おそらくママチャリが台湾製だったけど

パパチャリは中国製

食べるものなら抵抗があるけど 

ホックニーがスティーブン・スペンダーとの共著『CHINA DIARY』で描いたように

中華人民共和国は自転車大国だから むしろ信頼感さえある/笑。

それはそれとして 

ひょんなことから原節子が自転車に乗っている映像を観た。

くぎ付けとまでは いかないけれど 彼女の美しさに眼が惹かれた。

この『晩春』の笑顔が なんとも良い。

キャメラは厚田雄春 さすがに名匠!

同じ六〇年前に作られた『青い山脈』でも 原はなんだか慣れない姿でも 懸命に優雅にペダルを踏んででいる。

欲望にまみれる前の「希望」があった時代の映像だと思う。

        明るい日本はもはや映像の中にしかない。。。

酷使され古くなった金属のように 制度疲労した今の日本社会と この国のひとびと。

(いや この国だけではない 間違いなく世界中が 近現代史そのものが 老化し 劣化し 過労状態にある)

新生 再生 復活のためには 

社会崩壊という名のふたたびの「敗戦」と「自己放下」が必要になっている 、、。

重度商業主義社会と科学技術過信 欲望民主主義 、、、、。

まるで天動説を信奉するに等しい 愚かな「霊長類神話」嘲うべき「人類中心主義」「唯物論的唯人思想」からの脱却が あらゆる面で要求されている。

              ・          ・          ・

坂口安吾が『堕落論』で口走っていることが いまこそ参考になるかもしれない

     《 堕ちる道を堕ちきることによって

           自分自身を発見し

      

               救わなければならない。

                    政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である 》  。