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永ちゃんの告白。

ぼくは新宿ニューACBで招待客とプレス用に行われたキャロル「デビューコンサート」を見ている。

調べると1972年10月28日のことだ。

そのときもそれからも 矢沢永吉を同じ世代と考えたことはない。

キャロルのメンバーの中でどう見ても彼だけはかなり年上の印象だった。

ところが公式プロフィールでも

1949年9月14日 広島生まれとなっている。

違和感はながいあいだ保たれ続けた。

ところが昨日 

たまたま aahi,com を眺めていると

矢沢永吉の仕事力」という頁があって

そこで 彼は

《 ほら、人間は何度も生まれ変わると言うじゃないですか。このたび僕は、キャスティングによって矢沢永吉になったわけ(笑い)。

室町時代にも江戸時代にも何かやっていて、さあ昭和20年。今度はお前、矢沢永吉をやりなさいとこの世に送り出されてきた。

 「生活保護受けて、苦労して広島から夜汽車に乗って上京し、やがて世紀のロックンローラーになる役さ」ってね。悪くないよね。

 「でも途中でオーストラリア事件とか、いろいろ苦しいことも起きるけど、まあ人生を楽しんでこいや」って。

 あんまり苦しかったから、パーンとそんな考えが浮かんだのかも知れない。

それから僕の嫁さんも含め、周囲が言うのね。矢沢なら返せない金額じゃないよと。

そこから僕はライブやって、やって、やって、ある日借金はゼロになってた。》

       ・

そう語っていた。

昭和20年とは1945年のことだ。

1945年 つまり敗戦の年の生まれなら

「ああ、なるほど」と腑に落ちる。

しかし、、、妙なことが頭に浮かんだのも事実だ。

仮に1945年9月14日なら 

その日、広島市内は出産できるような状況だったのだろうか。

それにしてもこの記事をまとめた取材記者は 自分の口から昭和二〇年生まれとカミングアウトしているのに

下部のプロフィール欄では

【やざわ・えいきち ●歌手・作曲家。1949年広島県生まれ。】と相変わらずのデータを記す。

莫迦じゃないのか/笑。

      ・

長い間の疑問が氷解したから日記に残した。