Eric Hoffer『波止場日記』から『自伝』『魂の錬金術』まで

ホッファーの言葉から

《アメリカ人の浅薄さは、彼らがすぐハッスルする結果である。ものごとを考えぬくには暇がいる。成熟するには暇が必要だ。

急いでいる者は考えることも、成長することも、堕落することもできない。彼らは永久に幼稚な状態にとどまる。》

『全アフォリズム集・魂の錬金術』中本義彦訳

幼稚なのはアメリカ人に限らないだろう。煮えたぎった幼稚と比して 凍り付いたり干涸らびた幼稚 腐った幼稚が闊歩する社会こそ現代日本だから・・・。2003409

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30年前にはごく一部の人間にしか読まれなかったエリック・ホッファー著作が今 読まれ始めている。 

時代が彼に追いついたなどとは言うまい。

時代が 止めどなく後退しているのだ。彼が独自の思索を深めた50年代まで 40年代30年代まで。「戦後」あるいは「戦中」か「戦前」まで。

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既に敗戦を予感している若者たちは背中でエリックの本を読むだろう。‘ああ昔はこんなにも生き生きと労働できて しかも自分らしい考えを持てたのだ’と。

そうではない 寧ろ かつての方が遙かに過酷であり困難であり 深淵はヒトを飲み込もうと 至るところに待ちかまえていた。彼は闘い続けたのだ。世界とも自分とも 絶えず格闘して老い そして淡々と死んだのだ。

その命懸けのドキュメント/ 記録が彼の著作であることを忘れてはならない。

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必要なのは勇気であるとゲーテの言葉を引きながら彼は云う。

《自己欺瞞なくして希望はないが、勇気は理性的で、あるがままにものを見る。希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い。希望に胸を膨らませて困難なことに取りかかるのはたやすいが、それをやり遂げるには勇気がいる。闘いに勝ち、大陸を耕し、国を建設するには、勇気が必要だ。絶望的な状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の存在になるのである。》 『自伝』より

『勇気を失ったのは……すべてを失ったことだ!

 そのくらいなら、生まれなかった方がいいだろう。』

 ゲーテの詩/温順なクセーニエンより 高橋健二

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僕の本棚に『波止場日記/労働と思索』田中淳訳・みすず書房、『現代という時代の気質』柄谷行人・柄谷真佐子訳・晶文選書、『大衆運動』高根正昭訳・紀伊國屋書店 がある。30年来身近にあった。買った順番もこの通りで 好きな順番も同じだ。世評に高い『大衆運動』は 愛読には至らなかった。当時の僕が彼以上に辛辣でシニカルだったからだと思う〔笑〕。

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昨年新に出た[構想された真実]と副題された『エリック・ホッファー自伝』中本義彦訳・作品社 は 正直に云って読もうかどうか迷った。

30年の間に受容され考察され反芻され討議された彼との「記憶」に 変化が生まれることを怖れたのだ。ようやく 図書館にリクエストして それを読もう決心し 或る日 行ったところ 新刊の棚に それは置かれていた。

これでは読まないわけにはいかない〔笑〕。

凡庸な云い方しかできないが 極めて面白く無駄のない 簡潔で如何にも彼らしい不思議な物を含んだ 高次な「自伝」だった。

特に 子供のとき 十代から青年期にかけての生き方とその記述の明晰さに ある種の深い感銘を受けた。

〔まるでハック・フィンの同僚!男の子はこうでなくっちゃ!〕

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戦争前夜1930年代の西海岸エル・セントロ季節労働者キャンプやプルーン園での労働 さらにはホーボーとしての生活〔実際にホーボーをしていた人の文章は初めて読んだ〕など 貴重な記録としても読める筈だ。

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若い困難な時代を支えてくれたエリック・ホッファー著作に感謝しつつ 『自伝』にあったこんな言葉を書き写しておきたい。

「私は自殺しなかった。だがその日曜日、労働者は死に、放浪者が誕生したのである。」

この時ホッファーは 27歳であった。 

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『自伝』から読み始めるのも今の時代には合っているかもしれない。

注意深く読むと世界がかなり「神秘的」であることに気づくだろう。

……「Truth Imagined」とは「構想された真実」で良いのか‥‥‥やや難しい言葉だと思う・・・