或る日の神保町

冬のある日 僕はこんな風に散歩する。

地下鉄神保町駅の階段をややゆっくりと上がり乍ら 

 僕は真冬の太平洋で潜望鏡をあげる 艦長のような気分になっている。

今日の太平洋ならぬ 神保町の「天気」はどうか。

まず洋古書の松村書店へ。

Joseph Beuys の画集が3冊 眼に留まる。しかし今すぐ買わなければいけない本ではない。

本たちに軽く挨拶してから店を出る。

田村書店

入って直ぐ左の新入荷の棚を見ると濱谷浩の中央公論社版・限定写真集『日本の詩歌』。墨痕鮮やかな署名があり1972年刊1250部。段ボールの外函付きで題箋が少し千切れている以外はパーフェクトな状態。

16000円の価格に今回は見送る。

(僕は田村の値付けに全幅の信頼を置いていると言っても良い ここの古書価が安い方の基準になると思っている)

気を取り直して棚の下の方を見る。ムムッとしゃがむと 数年前から欲しかった土方巽の『病める舞姫』が鎮座して居るではないか。

少し箱が日焼けしている物の元パラフィンも付いた綺麗な本。1983年初版・白水社刊。装幀は吉岡実

これが4500円とは!

ああ今日の勲章はこれであったか。

僕を呼びだしたのは 『病める舞姫』だったか。

早速 奥に行き 殆ど口は利かない物の顔は30年も見ている店主から購入。お互いに歳くったなァ・・

 

出口に向かう途中 詩集の棚で何となく立ち止まる。

何冊かパラパラ見る内に吉増剛造の『The Other Voice』に引っかかる。あれ、なんだコレ。

荒木経惟と似た独特の文字(確かアラーキーの方がエピ)

5㎝×20㎝程の水色の紙に白いインクで こう書かれていた。

吉本隆明さま。敬意を込めて。2002 6.21.

吉増剛造 拝.》

紙片の上部と下部にはそれぞれ The Other Voice

と Gozo Yoshimasu と白く印刷されているから 此の本の献呈用に作られた用箋らしい。

扉に貼り付けてある。

それにしても 

これは日付で分かるように新刊ですよ。

即、古書店に出たことを含め現代の「人間模様」が分かる面白い本であることは間違いない。

2002年と言う「時代の形見」にしようか。

よろしい。戴きましょう(笑)。

定価2800+税より安い 税なし2500円である。

吉増と言えば 書肆山田から出た土方の『慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる』の〈筆録〉者である。

『慈悲心鳥が・・』の解説にあたる文章「怪しいからだ」を書いている宇野邦一がこんな事を述べている。

《『病める舞姫』は、土方巽の舞踏を注釈したり、補完したりする書物ではなく、回想録でも自伝でもなく、まったく舞踏と等価な作品であるにちがいない》

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よしこの本は土方が「おまけ」に付けてくれたと思うことにしよう。

僕の分類では土方巽は 吉本より吉増より遙かに〈大物〉なのだ。

ふふふのふ。 

かなり気をよくして 「或る日の神保町」を更に進撃する私であった。

以下 〈続・或る日の神保町/購書目録〉へ。

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