Alberto Giacometti
「あれが矢内原伊作よ」
年上の編集者に連れて行かれた渋谷の酒場で秘密めいて囁かれたのは70年代の初めだった。
かつてジャコメッティのモデルを務めた男が其処にいた。
どうして彫刻家がそれほど夢中になったか ボクは見極めようとしたけれど その風貌は知的でお洒落なヒトのそれを 決して大きく上回る物ではなく 少しばかり落胆したのを30年以上経った今も覚えている。
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用美社から83年にでた縦長で瀟洒な冊子
をボクは 少し時間が経ってから手に入れた。
その後 さらに矢内原や宇佐見が訳した
宇佐見英治の「ジャコメッティと矢内原」とサブタイトルが付いた『見る人』99年 みすず書房
などを 真剣に読んだ。
これらは皆 外側も内容もとても美しい本だった。
・・・・・・・・少年や青年とは勝手で我が儘で
愚かしくも自己中心の残酷な生き物だ・・・・・
老いへの路が少し先に視える頃になってそう想う。
無論 後悔なんかじゃない。
ただし その頃 ヒトの貌も 人生も 此の世すら
ほとんど見えてなんかいなかったんじゃないか。
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何年か前 東京都現代美術館で[ポンピドー・コレクション展]があった。
佳い作品 面白い作品 優れた作品も一杯来ていた。
が 一番確かめられた事が嬉しかったのは
アルベルト・ジャコメッティの非凡さだった。
彼の描いた肖像からは比喩ではなく本当に“体温”を感じた。
部屋の温度と生きた人間の熱の丁度中間位の体温が作品から出ていた。
或いは そう感じた。
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凄い事だ。
ジャコメッティにはこの仕掛けを完成し籠めるための長い時間が常に必要だったのだ。
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以来
ジャコメッティは少なくともボクにとっては偉大な20世紀の藝術家の名を欲しいままにしている(笑。
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ここでは日本に余り紹介されてこなかったシュルレアリスム時代の作品をかなり見る事が出来ます。