白洲正子

木の霊と書いて「こだま」と読む。

白洲正子という人は生涯 天と地の間に立って

太古からの木霊を聴きつづけたような女性だった。

或いは

全てのことが一つの木霊に過ぎなかったのかも知れない

そう考えたくなるほどに 

この人の一生は 調和的であり 統一性があるように惟われる。

駸々堂から1977年に出た『瀧』という本がある。

写真家の永瀬嘉平との共著という形を取っているが

永瀬の撮った瀧の写真に惹かれた白洲が

本にするために文章を附けたものだ。

「瀧、と聞いただけで、何か心がおどるものがある。

それは単に風景が美しいというだけでなく、悠久の昔から、たえずおちつづけているあの轟々たる水音と、自然が造り出した造化の不思議に打たれるのであろうか。それとは別に私は、三水に龍と書く文字にも魅力を感じている。はげしく落下する水勢に、龍が躍るのを見た人々は、何というすばらしい想像力の持主であったかと思う。それは魅力というより、象形文字の持つ魔力と云うべきかも知れない。」

白洲は言葉の人であり

文字の人であり

徹底した「眼の人」である。

なおかつ 型と 佇まいと 間合い の人である。

    間合いとは 間とは何か

         ・

取り敢えず

眼で「木霊」を聴いた人と云おうか。

  

  眼で木霊を聴く 聴いた。 

  眼で佛を聴く                ・

そんな藝があってこそ 白洲正子の全仕事が

  まるで平然とした奇跡のように 

                 成された 

 

    そう言っていいだろう・・・

      ・

手元に平成元年十一月五日の発行日を持ち

求龍堂から出版された 

『老木の花/友枝喜久夫の能』がある。

青山二郎とも縁の深いこの書肆が作った

晩年の著作だ。

見返しに本当に墨痕鮮やかという感じで

僕の名前が記され やや小さめに白洲正子と署名があ

る。

年に何度か 見事な生涯を活ききった達人の

凛々とした文字を眺める。

     ・

台風が去り

秋の空が拡がる

今日がそんな日だった。

       ・

アーカイヴの中の「白洲正子の世界」をご覧下さい。